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将軍の服装


リトアニアは1918年に独立を宣言したが、ソ連やドイツとの戦いは続いた。
1920年にやっとリトアニア共和国として民族自決による独立が諸外国から承認される。
リトアニアの軍服は独特のものであり、周辺のポーランドやラトビア、エストニアとも違う。
当時のカラー写真は残っていないが、右の兵士用服の色に近いものと考えられる。

上の写真はミカス・レクライティス少将の写真である。
リトアニア陸軍軍服の特徴は襟にある。詰襟で三角で囲まれた独特の襟章をつけている。
左の写真の襟には柏葉と思われる(あくまで推測)襟章がついている。
右の写真ではついていない。このことから、左は将官時代、右は佐官もしくは尉官時代に撮影したものだと推測できる。
この襟章は准将の服からつけるようである。



軍帽


上の写真は左から軍創設期、20〜30年代頃、現代といった順に並んでいる。
左のヨナス・ガルヴィディス=ビカウスカス将軍の制帽には、中央の写真のような帽章がついていない。
ドイツ帝国軍の軍帽に似ていると言えるだろう。
中央のヨナス・ゼーマイティス=ヴィタウタス将軍の制帽を見てみると、複十字を模った帽章がついている。
陸海空どの軍もこの時期からこのような帽章を付け始めたようだ。
右のチェースロヴァス・イェゼルスカス将軍の制帽を見てみると、ロシアと似た様な形になっているのがわかる。


こちらの写真ではルーマニア軍のような服装をした将軍と、略帽を被った将校が確認できる。
こちらの軍服も同様に襟に三角形の襟章が、軍帽には複十字を模った帽章がついている。
そこでルーマニア軍と区別することが可能である。
しかし、この軍帽などについては詳しいことはわかっていない。


兵士達の服装

独特の軍帽を被った砲兵隊の兵士達。

コートと制帽を身に着けた砲兵隊の兵士達。

1938年のパレードの様子。ヘルメットとマガジンポーチはドイツと似たもの。

1939年にポーランドの敗北に乗じてヴィリニュスへ入場したリトアニア軍。
コートと手榴弾はドイツのものだろうか。もしくは模して作られたものか。

戦車兵はフランスと似たようなヘルメットを被っている。

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