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西方総軍司令部
1940年~1945年

歴史

  1940年10月25日にネーデルラント、ベルギー、フランスなど西方戦役で占領した地域(アルザス=ロレーヌ、ルクセンブルクを除く)の管理を目的に設置される。
 1942年にはアントン作戦(トーチ作戦を受け、ドイツ・イタリアが南フランスを占領)が発動されることとなり、10月11日に西方総軍司令部は南フランスも担当することが決まり、 11月の作戦完了と共にフランス全土を担当することとなった。
西方総軍司令官は初代のフォン・ルントシュテット元帥(当時はA軍集団司令官)を除き、D軍集団司令官が併任してきた。D軍集団が解体されたのちもルントシュテット元帥の司令部として残った。
大戦末期には東部戦線と西部戦線が接近してしまった事情からかOB Süd(南方総軍司令部)と改称している。

編成

 
1944年6月の編成
B軍集団
 第7軍
  第84軍団
  第2降下猟兵軍団
 第15軍
  第88軍団
西方装甲集団
  第1SS装甲軍団
  第47装甲軍団
  第2SS装甲軍団
G軍集団
 第1軍
 第19軍
第1降下猟兵軍

司令官

 
1940年10月10日~1941年4月1日:ゲルト・フォン・ルントシュテット元帥
1941年4月1日~1942年3月15日:エルヴィン・フォン・ヴィッツレーベン元帥
1942年3月15日~1944年7月2日:ゲルト・フォン・ルントシュテット元帥
1944年7月2日~1944年8月16日:ギュンター・フォン・クルーゲ元帥
1944年8月16日~1944年9月3日:ヴァルター・モーゲル元帥
1944年9月3日~1945年3月11日:ゲルト・フォン・ルントシュテット元帥
1945年3月11日~1945年4月22日:アルベルト・ケッセルリンク元帥


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