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南方総軍司令部
1941年~1945年

歴史

  1941年12月2日から、ケッセルリンク元帥は指揮下の第2航空艦隊とともにイタリアに着任し、OB Südを併任した。ケッセルリンクに戦域全体のイタリア軍を指揮させる構想があったが、イタリア陸軍司令官が激しく抵抗したため実現しなかった(Kesserling[1953]、pp.103-104)。
 1943年になるとチュニジアの陸軍作戦を直接指揮する必要が生じ、陸軍から参謀長が出るようになって、第2航空艦隊はリヒトホーフェン元帥が指揮した。1943年11月21日、OB SüdwestとC軍集団司令官が新設され、ケッセルリンクが両方を兼任した。なお大戦末期には西方総軍司令部がOB Südに改称している。
 1945年5月にはジークフリート・ヴェストファル騎兵大将が連合軍によって司令官に任命され、オーストリアとバイエルンのドイツ軍の降伏と復員を担当した。

編成

 
記述なし

司令官

 
1941年12月2日~1943年11月16日:アルベルト・ケッセルリンク元帥
1943年11月16日~1945年5月2日:ハインリヒ・フォン・フィーティングホフ上級大将
1945年5月2日~1945年5月6日:ジークフリート・ヴェストファル騎兵大将

参謀長

 
1941年12月2日~1942年7月31日:ハンス・セイドマン大佐
1942年8月25日~1943年6月12日:ポール・ドイチマン少将
1943年6月15日~1943年11月16日:ジークフリート・ヴェストファル少将

作戦担当士官

 
1943年2月1日~1943年6月15日:ジークフリート・ヴェストファル少将


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