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G軍集団
1944年~1945年

歴史

  西方総軍司令部隷下に1944年5月に編成された。編成時の目的は、南フランスの防衛を担当することであり、地中海沿岸およびビスケー湾沿岸において連合軍の上陸を阻止することであった。 2個軍よりなる軍集団であり、ビスケー湾側には第1軍、地中海側には第19軍を配置した。
 1944年6月のノルマンディー上陸作戦に続き、8月15日に連合軍がドラグーン作戦としてコートダジュールに上陸するとG軍集団/第19軍は長期的な抵抗を行なえず、内陸部への撤退を行なった。
 1944年9月にはアルザス=ロレーヌにあり、3個軍を有していた。連合軍の補給不足により、戦線はここで一時膠着したが、11月から12月にかけてアメリカ第3軍および第7軍、フランス第1軍による攻勢が行なわれ、 ザール川およびライン川まで戦線が移動した。1945年1月時には第1軍しか隷下になかったが、バルジの戦いの支援としてザールラントでノルトヴィント作戦の攻勢を実施している。
 1945年3月から西部戦線南部でも連合軍が全面攻勢に移り、ドイツ領内に侵攻すると、G軍集団は有効な防御を行なえずに敗走し、1945年5月5日にバイエルン州内において連合軍に降伏した。

編成

 
軍集団司令部
 第606通信連隊

1944年5月:第1軍、第19軍
1944年8月:第19軍
1944年9月:第1軍、第19軍、第5装甲軍
1945年1月:第1軍
1945年2月:第1軍、第19軍

司令官

 
1944年5月8日~1944年9月21日:ヨハネス・ブラスコヴィッツ上級大将
1944年9月21日~1944年12月22日:ヘルマン・バルク装甲兵大将
1944年12月22日~1944年12月24日:ハンス・フォン・オープストフェルダー歩兵大将(副司令官として臨時に代行)
1944年12月24日~1945年1月28日:ヨハネス・ブラスコヴィッツ上級大将
1945年1月29日~1945年4月4日:パウル・ハウサー武装SS上級大将
1945年4月5日~1945年5月6日:フリードリヒ・シュルツ歩兵大将

参謀長

 
1944年5月8日~1944年9月19日:ハインツ・フォン・ギルデンフェルト少将
1944年9月20日~1944年11月30日:フリードリヒ=ヴィルヘルム・フォン・メレンティン参謀大佐
1944年11月30日~1945年3月30日:ヘルムート・シュテードケ少将
1945年3月30日~1945年5月6日:フリッツ・ヴェンツェル中将

参謀本部付将校

 
1944年5月8日~1945年4月:ホルスト・ヴィルツキー参謀大佐


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