トップドイツ軍集団・軍・師団C軍集団

C軍集団
Heeresgruppe C
1939年〜1945年

  1939年8月26日にフランクフルトの第2軍集団から編成された。当初は当初は西部国境すべての部隊を統轄していたが、ポーランド戦終了後は対仏国境のみを担当し、西方戦役ではマジノ線への攻撃を指揮した。 フランス侵攻の後期にはドイツに戻され、東プロイセン部局司令部(Abschnittsstab)として1941年4月20日に東プロイセンに配置され、バルバロッサ作戦直前の1941年6月21日に北方軍集団へ改称する。

 チュニジアの陸軍を指揮する必要性から、南方総軍司令部から第2航空艦隊の指揮が分離する(それまでケッセルリング元帥が南方総軍と第2航空艦隊を指揮していた)と、 1943年11月16日に南西総軍司令部と改称され、総軍司令官が再編成されたC軍集団の司令官も兼任した。以降は降伏するまでイタリア方面の部隊を統轄した。


  編成
軍集団司令部
 第639通信連隊
 第598通信連隊

1939年〜1941年の編成
1939年9月:第7軍、第1軍、第5軍、A陸軍支隊
1939年10月:第7軍、第1軍
1940年1月:第7軍、第1軍
1940年7月:第1軍、第12軍、第2軍
1940年8月:第7軍、第6軍、第2軍、第1軍
1940年11月:第2軍、第11軍
1940年12月:第2軍、第11軍、第3装甲軍
1941年1月:第2軍、第11軍、第3装甲軍
1941年4月:第11軍、第3装甲軍
1941年5月:第18軍、第16軍、第4装甲軍

1943年再編成後の編成
1943年12月:第10軍、第14軍
1944年1月:第10軍、第14軍
1944年4月:第10軍、第14軍、フォン・ツァンゲン軍支隊
1944年8月:第10軍、第14軍、リグーリア軍
1944年11月:第10軍、リグーリア軍集団
1945年1月:第10軍、リグーリア軍集団
1945年3月:第10軍、第14軍、リグーリア軍


  司令官
1939年8月26日〜1941年6月22日:ヴィルヘルム・フォン・レープ元帥
1941年12月2日〜1945年1月15日:アルベルト・ケッセルリング空軍元帥
1944年10月26日〜1945年1月15日:ハインリヒ・フォン・フィーティングホフ・ゲナント・フォン・シェール上級大将(代理)
1945年1月15日〜1945年3月9日:アルベルト・ケッセルリング空軍元帥
1945年3月9日〜1945年4月29日:ハインリヒ・フォン・フィーティングホフ・ゲナント・フォン・シェール上級大将
1945年4月30日〜1945年5月1日:フリードリヒ・シュルツ歩兵大将
1945年5月1日:ハンス・レッティガー装甲兵大将

  参謀長
1939年8月26日〜1940年2月6日:ゲオルク・フォン・ゾーデンシュテルン中将
1940年2月15日〜1940年10月25日:ハンス=グスタフ・フェルバー歩兵大将
1940年10月25日〜1941年6月22日:クルト・ブレネッケ中将
1943年11月26日〜1944年9月9日?:ジークフリート・ヴェストファール中将
1944年6月5日〜1945年5月1日:ハンス・レッティガー装甲兵大将

  第1種参謀将校
1939年8月26日〜1940年12月:ヴィンセンツ・ミュラー参謀大佐
1941年1月1日〜1941年6月22日:パウル・ヘルマン参謀中佐
1943年12月1日〜1944年11月30日:ディートリヒ・ベーリッツ参謀大佐
1944年11月30日〜1945年4月:ヨーゼフ・モル参謀中佐
1945年4月〜1945年5月1日:クルト・シュスター参謀中佐

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